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星模様2011年 秋-冬至 

(2013年10月 HPから移動した記事です)


◇◆◇ 星模様 2011年  秋-冬至  ◆◇◆

私たちは何かが起きた時「原因探し」をします。

けれど、はっきりした「原因→結果」の関係を見出すことは困難です。

事象を引き起こしたきっかけを見つけても、
それだけが原因とは言い切れません。

また唐突に起きたようにみえる出来事も、
ひと息ついて眺めてみると
様々な事柄が重なって顕れていることに気付くことでしょう。

何かが起きれば、それはドミノのように他へと連鎖し、
時には過去が書き換えられ
あるはずだった未来が失われたりします。

何の影響も受けずに起きる出来事も、
他に影響を与えずにすむ出来事もない。

好むと好まざるに関わらず、
私たちは他者や自然環境と相互に関わりあい、
影響しあって生きているのです。

さて、2007年冬至頃から始まっている世の中を揺さぶり続ける動きは、
2011年に入って目に見える形をとって表出しています。

そして目に見えない動きも、
奥深い場所で確実に激しさを増しているようです。

個々の出来事にはそれなりの「原因」を探せるかもしれません。
でも、やはり、それは単に「きっかけ」にしか過ぎずないのです。

私たちが無自覚に並べ続けてきたドミノのコマを、何かが倒したのです。

ドミノは倒れ続け、
見たことのない図柄を描いています。

今もなお。


倒したのは「タイミング」と呼ばれる、
時の神の息吹だったかもしれません。

もともとドミノは全て倒れれば
意図した通りの完成図が表れます。

同じように自覚的に準備してきたものが、
ドミノが倒れるようにしてパタパタと展開してく時に
私たちはそれを好機と感じ、成就への至福を感じます。

まるで形を成していくドミノの先端で、
軽やかに波にのっているような光悦を感じるのです。

でも、今は無自覚に並べ続けてきたものが倒れているのです。

だから描き出されていく景色に納得がいかないのです。

というよりもむしろ、
倒れ始めたことに自体、納得がいかないかもしれません。

「なんでこうなるのか」と怒り、
「こんな風になるとは知らなかった」と嘆きます。

本来は自覚的であれ無自覚であれ、
描かれる景色は今までの行為の結果です。

どこかで自分が意図してきたことなのです。

それなのに「結果」に目を背け、
ドミノの波にのりたいなどとも思わない。

描かれていく景色の中で目をつぶり、
翻弄されることを選ぶ人も多いのです。

もちろん、いま倒れ続けているドミノは
個人的なものだけではありません。

流れが幾つも組み合わさった超巨大なドミノです。

「じゃあ、やっぱり、私には関係ないじゃない」
そう思うかもしれません。

でも、ほうとうに関係ないのでしょうか?

倒れているのは、
個人的にたどれば両親、祖父母、相祖父母・・・が並べたもの。

明治維新以降に「日本」が並べ続けてきたドミノ。
いわば私たちの背景となるような長大なものです。


関係ないどころか、私たちもそこに連なり、そこに根ざしているのです。

けれど私たちはドミノ=背景も、
そこに根ざしていることさえも自覚しにくいのです。

なぜならば戦後の教育の現場では
「背景」について学ぶ時間は少ないからです。

特に私たちが根ざしている今の日本がはじまった
敗戦や、敗戦に至る開戦を生んだ「背景」は、
否定され暗闇に追いやられたままです。

私たちは根ざしている場所に無自覚なまま、
「個性ある私」「自由な私」というを塔を
積み重ねてきたのではないでしょうか。

属性の根本は曖昧なのに
側の部分ばかりが肥大したから
「自分探しの旅」を続けてきたのではないでしょうか。

いま私たちは揺らぎを体験してはじめて
自分の根ざしている背景、
累々たる堆積物に気付かされています。

無自覚だったけど自分の根ざしてきた場所、日本。
背景として存在し続けていたもの、日本。

自分を存続させてきたネットワーク。
血縁、地縁、因縁、絆。

それらの全てが、
「オマエハ ナニモノダ。 ドコニタッテイルノダ。」と
問い掛け続けているのかもしれません。

秋分のあたりで私たちは、
自分が人生のフィールドを変えはじめているのを
漠然と感じたのではないでしょうか。

また、今の自分が望まない変化なら
自分が変えているのではなく
「周りが変わってしまった」と感じたことでしょう。

9/27の新月のエネルギーは
新しいフィールドを祝福し滋養すると同時に、
私たちには「(視点を)変えざるをえないこと」の自覚を促しました。

「今までの秩序」が解体され、
関係やルールの線がひきなおされたことでしょう。

今現在、そしてこれからしばらくの間、私たちは深みの中に入ります。

「自分はどこに立ち、何を真(=芯)となし、何を成すのか」
その答を求めるために、はじめて、
背景という堆積物に分け入る必要が生じるかもしれません。

社会、過去、先祖や前世と呼ばれる別世、
そして人生の根源である命そのもの。

それらに目むけ、自覚することが、年内のテーマとなるでしょう。

どこから手をつけるかのヒントは、
7/27から8/29の新月あたりで見聞きしていると思います。

家族・親族、故郷、先祖、帰属、源泉・・・がキーワード。

10月は時おり息継ぎしながら深く潜り、
自分の人生の土台を探ってみましょう。

10/27以降は、その土台に
秋分の頃に感じた新しいフィールドを描いてみましょう。

どこに、どんな大きさの、どんな形のものを・・・

いわばこれからの自分の「設計図」「建築仕様書」です。

キーワードになるのは「未来の自分のために、何を残すか」 

愛着ある過去の形
(癖やコダワリ、自分のルール、価値観や規範など)ではなく
これから自分が生きていく形の方に着目してください。

11/10以降
「過去の形」と折り合いをつけていく期間になります。

また自分がどこに向かうのかを、
具体的な言葉としてシェアするタイミングです。

「○○していこうと考えている」
「私は○○でありたいと考えた」ということを、
言葉にして発することで、新しいフィールドに種を蒔きましょう。

12/10の満月、その言葉の種は芽をだします。

周囲から肯定的な評価をえる人も多いでしょう。

12/25の新月から物事はさらに加速します。

12/29
頭をしっかり天に向け足元を自覚できて立つことができたら、
新しい年の準備は完了です。

2012年は自覚的な選択がテーマになります。

しなやかなでタフな身体、
混沌とした中にも光明を感じとるクリアな感性を
養っておくとよいでしょう。

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