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イライラして あたりまえだよ 

「イライラして些細なことで言い合いになってしまった」
「いつもどおりに接していたはずなのにキレられた」
ここのところ よく聞く言葉。

そして そのあとに続くのは
「私って愛情(思いやり/心配り/我慢・・・)が足りないのだろうか」
という自分を責める言葉。

でもね
イライラするのはあたりまえなんだと思う。


神奈川を例にとってみれば、最近は地震もへって
見た目には日常生活が戻ってきている。

でも、実際に世の中が3/11前と同じ「日常」に戻ったかといえば
同じであって欲しいけれど、同じではない。


直接に津波や揺れや液状化現象の被害を受けた場所
その後に続く地震で大きく揺れた場所
そこでは目にみえて変わってしまった日常を過ごしている大勢の人がいる。

そして目にみえて変わらなかった場所,
その景色が目の前にない場所に住んでいても
私たちのどこか/何かは、その景色と繋がっている。

血縁,友人,知人,取引先,関連会社・・
旅で訪れた思い出の場所,思い入れのある品の生産地・・・
そういった縁という繋がりもあるだろう。
また「日本人として」「農家として」「漁師として」「親として」「子として」等々
被災した人に共鳴する何かがあるはずだ。

思いに個人差はあれども
それらの縁や共鳴は、
心のどこかに,嘆きや悲しみの種をまくだろう。

また「被災地の人の苦労に比べれば」という「悲しみの比較」を生み
自身の喜怒哀楽を抑制してしまうかもしれない。
もっといえば,イライラしてしまう自分に
「自責の念」や「罪悪感」を覚えるかもしれない。

悲しみを比べることや、自分を責めること,罪悪感をもつこと。
そういった心の働きは身体に負荷を与える。

心が身体を苛む、痛めつけるのだ。

それから,放射性物質の影響という目にみえないもの。

これは「安全だ」と思おうと「安全でない」と思おうと
静かに確実にストレスになっている。

「安全だ」と思うためには
「知らないようにする(無視する)」ための努力が必要だ。
「安全でない」と思うためには
「知るための(調べる)」ための努力が必要だ。

そして「無視する」にしても「調べる」にしても
東電福島第一原発だけでなく日本各地にある原発、
そして3月以降トラブルが多発している世界の原発、
その範囲は拡大するばかりだ。

それだけでなく電力や経済などの社会的なこと
いや、もしかしたら日本という国そのもの。
先行きがみえないことだらけ。

そんな状態が4か月以上続いているのが 今の私たち。

今までに大きな地震も大変な事件もたくさんあったけど
それを強く意識する状態が4か月も続いていることって
経験したことがない人の方が多いと思う。

えらいこっちゃ。


最近よく話すことなんだけど、
普通に生活していて10のことができるとすると
今は毎日+0.5くらいのことがオーバーしている感じなんだ。

だけど,私たちは0.5の負荷をカウントしていない。

それは、小さい負荷だから無視してるのかもしれないし
「今までどおり」と思いたい気持ちからかもしれないし
負荷を感じちゃいけないという罪悪感からかもしれない。

でも実際は小さな負荷は毎日たまっている。
あなたも家族も,恋人も友人も,同僚も上司も,医者も政治家も宗教家も・・・


その負荷が身体へ向かえば心身の不調や持病の悪化を促す。

ということは心身の防衛手段として
目の前に居る者/事象に向けて負荷を発散することだってある。
抑え込んでいた喜怒哀楽が暴発することだって。


「今は身体も心も対人関係も一触即発な人が多い」ってわけだ。

今それを自覚しておくことは,大事なことかもしれないよ。


頭でどう理屈をたててみたところで
身体は「非常時」が続いている。
心は先行きに「安心」なんてしていない。

そのへんのとこは、もう抵抗せずに
「そうだよね」って思うところからはじめてみたらどうだろ。

そろそろ、そんな時期だと思うんだ。

星的にもね。



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