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2011年7月

星模様 2011年7/18追記 

(2013年10月 HPから移動した記事です)


◆ 2011/7/18追記  次の新月に向けて

15日は美しく、深遠な輝きに満ちた満月になりました。

次の新月はちょうど月末/日曜日。
なんとなく区切りのいい感じがしますね。

今年の7月は自然の循環を活用する気学の暦で、
日の巡りの陰陽が反転する月になりした。

7日/8日が陽の巡りから陰の巡りへの切り替わりでした。

7日は小暑と七夕が重なり
8日上弦の月で関東地方は梅雨明けとなりました。

新月から満月に向かう真ん中(上弦)で
大きな気の切り替わりがあったわけです。

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イライラして あたりまえだよ 

「イライラして些細なことで言い合いになってしまった」
「いつもどおりに接していたはずなのにキレられた」
ここのところ よく聞く言葉。

そして そのあとに続くのは
「私って愛情(思いやり/心配り/我慢・・・)が足りないのだろうか」
という自分を責める言葉。

でもね
イライラするのはあたりまえなんだと思う。


神奈川を例にとってみれば、最近は地震もへって
見た目には日常生活が戻ってきている。

でも、実際に世の中が3/11前と同じ「日常」に戻ったかといえば
同じであって欲しいけれど、同じではない。


直接に津波や揺れや液状化現象の被害を受けた場所
その後に続く地震で大きく揺れた場所
そこでは目にみえて変わってしまった日常を過ごしている大勢の人がいる。

そして目にみえて変わらなかった場所,
その景色が目の前にない場所に住んでいても
私たちのどこか/何かは、その景色と繋がっている。

血縁,友人,知人,取引先,関連会社・・
旅で訪れた思い出の場所,思い入れのある品の生産地・・・
そういった縁という繋がりもあるだろう。
また「日本人として」「農家として」「漁師として」「親として」「子として」等々
被災した人に共鳴する何かがあるはずだ。

思いに個人差はあれども
それらの縁や共鳴は、
心のどこかに,嘆きや悲しみの種をまくだろう。

また「被災地の人の苦労に比べれば」という「悲しみの比較」を生み
自身の喜怒哀楽を抑制してしまうかもしれない。
もっといえば,イライラしてしまう自分に
「自責の念」や「罪悪感」を覚えるかもしれない。

悲しみを比べることや、自分を責めること,罪悪感をもつこと。
そういった心の働きは身体に負荷を与える。

心が身体を苛む、痛めつけるのだ。

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満月にむけて 

HPにも書いたけれど5-7日は天体が順番に調和的な関係を作り
さながら天の羽衣が舞い降りてくるような時だった。

とはいえ、その響きが心地良いとは限らない。

なぜならば、今までこだわってきた何か、正しいと思っていた何かとは
違うニオイのするものとして感じることが多いということなんだ。

その響きは「今ここから」の自分が必要とする新しい感覚、
「大切なもの」なのだけれど、
「今までの価値観」には邪魔なこと、違うニオイのすることかもしれない。

たとえ天の羽衣であっても、肌に馴染むまでは異物でしかないのだと思う。

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星模様 2011年7月 

(2013年10月 HPから移動した記事です)


◆◇◆ 星模様 2011年 7月 ◇◆◇

6月は細かな動きの多い月になりました。

2日の新月から16日の満月にかけて
吸収したもの(体験や情報・知識)は、
7/1の新月にむけて分別され続けている感じがします。

分別の基準は「正しいか」「安全か」「得か」など様々ですが
今回の最終的な判断は
「違和感がないかどうか」というあたりになりそうです。

海の魚は海水、川の魚は淡水。
生き物は見合った環境でなければ生きられません。

人も同様に環境に違和感を感じたら、
のびのびと生きることは難しいでしょう。

常に緊張し防御するか、環境に過剰に順応するか・・・

どちらにしても負荷は絶大なものになります。

6/28からしばらくの間、
テーマは「持ちえたものをどうするか」になります。

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