« 「今朝のギフト」 | トップページ | 星模様 2009年4月 »

「ブロークンラグ」

2009-2010年にmixiで書いた日記を引っ越してきました。


「ブロークン ラグ」 2009/4/3

日々、日常的にいろんなことが湧き上がってくる。

キャベツを刻んでる最中に
宇宙のこととが広がっていくと
刻むキャベツが無くなっても包丁をトントンしてる
という怪しい図になる。

ひとつの言葉が壮大な物語を連れてきて
これは妄想?想像?創造?...と迷うことしきり。

でも、ふいをついて湧き上がってくるものは
何かが届いてるんだな、という実感がある。

この間、ふと浮かんだのは
「ブロークンラグ」という言葉。

父が亡くなる前に主治医から聞いた言葉だ。



父は肺がん治療を長く続けていた。
抗がん剤も放射線照射も。

肺炎を起こした最後の入院で、いよいよ重篤な状態になった時
主治医は説明してくれた。

「もし呼吸が止まっても人工呼吸器はつけられません。
肺がボロボロなので機械の呼気が勢いよく入った瞬間に
肺が破裂するかもしれないからです。」

数カ月前には放射線治療で病巣が消えたと喜んでいた父。

でもそれはガン化した自分の肺の一部が死んだんだ。
放射線照射を受けた細胞は蘇らない。

ブロークンラグー 壊れた肺
部分死している肺は柔軟さを失い
水気を含まないスポンジのようにボロボロなんだと説明された。


その言葉を思い出したら
目の前に浮かんだものがあった。

東海村臨界事故で亡くなった
大内さんの染色体の顕微鏡写真だ。
(新潮文庫「朽ちていった命」p59)

中性子線被爆した染色体はバラバラに分断されていた。
それは、もう新しい細胞が作られないことを意味するのだ。

父が照射された放射線は医療用のもので
入念に照射量も決められて
ガン化した細胞だけを破壊したのだろう。

でも大内さんは身体全体を中性子が突き抜けた。
ブロークンラグどころの話ではない。


たとえば皮膚は内側から新しい皮膚が生まれ
表皮は垢としてはがれおちていく。
加齢でその周期が長くなるにしても
命ある間は細胞の新陳代謝は継続する。

でも中性子を浴びた細胞は新しい皮膚を生まない。
今の表皮がサイクルを終えて剥がれおちても
新しい皮膚は用意されていないんだ。

染色体は身体の設計図だ。
それがバラバラに壊れるということは
生きている身体が、新陳代謝=再生をやめるということだ。
本のタイトルにあるように、ただ「朽ちていく」


人間は遺伝子をコピーすることで
形を維持してきたのだということを
なんだか 今、再び思い出した。


今 思い出すってことは
けっこうポイント高いことなんで
忘れずに書いておこう。

ちょっと気のめいる話しだけれど。 
 

|

« 「今朝のギフト」 | トップページ | 星模様 2009年4月 »

グリーフワーク・命のこと」カテゴリの記事

心と体」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「今朝のギフト」 | トップページ | 星模様 2009年4月 »